
モネの想いはジヴェルニーと北川村を結び
夢の花を咲かせました。
柚子とワインの交流から、豊かな地域づくりを。この庭は、フランス文化と北川村の豊かな自然のミックスというユニークな発想から生まれました。
モネが愛した庭は、その土地の自然を活かし、光と影を巧みに組み合わせた素朴さにあふれるものでした。彼は庭で青い睡蓮を咲かせることが夢でした。そのモネが夢見た青い睡蓮は今では、遠く海を越えてここ北川村「モネの庭」で交流のシンボルとなり、毎年美しい花を咲かせています。

モネの庭ヒストリー
高知県の東部に位置する典型的な山村である北川村。高齢化と人口の減少が進む中1990年当時、日本屈指の収穫量と質を誇った柚子(ユズ)を基幹とした村おこしを目指し柚子のワイナリー事業の誘致を目指しました。しかしその計画も1996年春に大幅な縮小、開発中の土地の活用も含めた新たな事業への展開を模索する事となります。
そのために村は急遽プロジェクトチームを立ち上げました。新しい産業の創造を検討する中で、地域を活かした観光と文化の拠点づくりのためのフラワーガーデン造作という方向に舵をきったのです。
柚子とワインから出発した発想は自然の中に庭園をつくるという構想と重なりあい、フランス・ジヴェルニーにある印象派の画家クロード・モネの庭へとたどり着きます。それは親日家でもあったクロード・モネが半生を過ごした自邸の庭でした。
村は何の伝手もないままに担当者をフランス・ジヴェルニーへ派遣。手探り状態の中、クロード・モネ財団「モネの庭」管理責任者Gilbert Vahé(ジルベール・ヴァエ)氏との初対面を果たし、良好な関係を構築することができた。
クロード・モネ財団理事長Gérald Van der Kemp(ジェラルド・ヴァン=デル=ケンプ)氏より、「小さな村の頑張りに協力しましょう」との言葉とともに支援の決定をいただく。Gilbert Vahé氏、オルセー美術館主任学芸員Sylvie Patin(シルヴィー・パタン)女史との交流が始まる。
Gilbert Vahé氏を北川村に迎え、整備中の公園に対する現地アドバイスや村の取り組み、村がどのようなところかを視察いただく。
北川村長が渡仏し、造園中の庭の名称について相談。アカデミー・デ・ボザール終身書記Arnaud d’Hauterives(アルノー・ドートリヴ)氏より、門外不出の「モネの庭」の名と、氏が兼務するマルモッタン美術館の名を併せた『Jardin de Monet Marmottan au Village de Kitagawa(和訳名:北川村「モネの庭」マルモッタン)』の名称を贈られる。
開園直前、公開に向けて整備確認・監修のためにGilbert Vahé氏が来村。
北川村「モネの庭」マルモッタン、開園。Arnaud d’Hauterives氏、Sylvie Patin女史、駐日フランス特命全権大使、フランス大使館文化参事官をはじめ、多くの関係者列席のもと開園式典を催す。式典においてArnaud d’Hauterives氏は「ジヴェルニーには本物の絵は展示していません。しかし、庭は彼の残した偉大な芸術である。この北川村の庭でも、本物の庭を大切に育ててください」との言葉を残された。
新マルモッタン美術館長 Jean-Marie Granier(ジャン=マリー・グラニエ)氏来村。Gilbert Vahé氏来村。フランス「モネの庭」での制作がご縁となり日本画家平松礼二氏より作品が寄贈される。
Arnaud d’Hauterives氏来村。「モネの庭」友の会発足により名誉会長に就任。高知県知事夫人が友の会会長就任。高知県立美術館「モネと印象派の画家たち」展開催。Jean-Marie Granier氏夫妻、Sylvie Patin女史来村。児島塊太郎氏より祖父虎次郎氏撮影のモネの写真が寄贈される。
駐日フランス大使来村。北川村「モネの庭」庭責任者が渡仏。
自然の森開園。Jean-Marie Granier氏来村。Sylvie Patin女史が講演会のため来村。北川村長が渡仏。
Jean-Marie Granier氏より作品が寄贈され、展覧会を開催。Gilbert Vahé氏が「光の庭」構想のため、ベノア氏とともに来村。
モネ所蔵の浮世絵展のため北川村長渡仏。光の庭構想のため北川村「モネの庭」庭園責任者が渡仏。
北川村「モネの庭」入園者数100万人突破。同年、光の庭開園。高知県立美術館「モネの愛した浮世絵展」を開催。北川村長、北川村議会が渡仏。
クロード・モネ財団新理事長Hugues R. Gall(ウッグ・ガル)氏とSylvie Patin女史が来村。平松礼二氏より作品が寄贈される。
北川村「モネの庭」開園10周年式典にHugues R. Gall氏、フランス大使、印象派美術館館長が来村。
北川村「モネの庭」にて、うんのともえ展開催。作品が寄贈される。
「北川村の草花に思いを寄せて」というメッセージとともに寄贈いただいた銅版画など約90点を展示した Jean-Marie Granier 銅版画展を北川村にて開催。北川村副村長、北川村議会が渡仏。
Hugues R. Gall氏の提案・厚意により、北川村「モネの庭」の入園券がフランス・ジヴェルニーのモネの庭との共通券となり、相互入園可能となる。

ジヴェルニーの庭園責任者来村。庭スタッフとの交流をはじめ、多大なアドバイスをいただく。
開園15周年を迎える。
北川村「モネの庭」 庭園責任者の川上裕氏がフランス芸術文化勲章「シュヴァリエ」を叙勲。
四国八十八景に選定される。
カフェ「モネの家」リニューアルオープン。
入園者 150万人達成。
青い蜂「ブルービー」がNHKワールドで報道される。
ジヴェルニーの新庭園責任者Jean-Marie Avisard(ジャンマリー・アヴィサール)氏とGilbert Vahé氏来園。20周年に向けた助言を頂く。
北川村「モネの庭」からスタッフが2名が渡仏。ジヴェルニーにて庭園研修・交流を行い、ボルディゲラの視察も実施。
第3の池に絶滅危惧種8種自生の報道。
新型コロナウイルスの世界的感染拡大に伴い臨時休園。
開園20周年を迎える。「ボルディゲラの庭」リニューアルオープン。
20周年記念ページ
開園20周年式典を開催。同日、東京2020オリンピック聖火リレーが園内で行われる。
Jean-Marie Avisard氏とGilbert Vahé氏が来園し監修にあたる。
入園者200万人突破。
北川村「モネの庭」庭園責任者とスタッフ1名が渡仏。ジヴェルニーにて技術研修と交流、ボルディゲラの視察を実施。
故Hugues R. Gall氏の墓参のため、北川村長と北川村「モネの庭」支配人が渡仏。クロード・モネの家と庭=ジヴェルニー新理事長Alain Charles Perrot(アラン・シャルル・ペロー)氏と初めて対面。
開園25周年を迎える。25周年記念ページ
文化観光推進法に基づく「北川村『モネの庭』マルモッタン」を中核とした文化観光拠点計画が文化庁より認定される。
文化観光拠点計画の構想と交流のため、北川村長と北川村「モネの庭」庭園責任者が渡仏。
夢のような話を実現へと導き、大きな友情をいただいた、故Van der Kemp氏(クロード・モネ財団 元理事長)、故Arnaud d’Hauterives氏(アカデミー・デ・ボザール終身書記)、Sylvie Patin女史(オルセー美術館 学芸長)、故Jean-Marie Granier氏(マルモッタン美術館 元館長)、故Hugues R.Gall氏(クロード・モネ財団 理事長)、Gilbert Vahé氏(クロード・モネ財団 庭園責任者)に対し心からの感謝と尊敬を捧げると共に、北川村「モネの庭」マルモッタンを愛し、多くのご支援、ご協力を頂いた皆様方へ厚くお礼申し上げます。
注:文章中の役職等に関しましては当時のものを記載しています。
